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福岡高等裁判所 昭和47年(ネ)281号 判決

控訴人

立本素直

右訴訟代理人

宮原勝巳

外一名

被控訴人

岡原農業協同組合

右代表者

深水元光

右訴訟代理人

森田直記

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人らは、「原判決を取消す。控訴人の被控訴人に対する昭和三九年六月一二日付準消費貸借契約に基づく別紙債権目録記載の債務は存在しないことを確認する。被控訴人は控訴人に対し別紙物件目録記載の不動産について熊本地方法務局多良木出張所昭和三九年六月一二日受付第一〇二七号の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、次のとおり附加、訂正するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。〈以下略〉

(証拠関係)〈略〉

理由

一請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二ひな白痢病の瑕疵による損害賠償請求権について

(一)  請求原因二の事実中、控訴人が養鶏業者であること、控訴人が被控訴人から昭和三六年一一月一〇日、熊本県八代郡鏡町生田ひなふ化場でふ化したロックホン中すう雌生後四五日二五九羽を買い受け、被控訴人に対しその代金六万四七五〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。

そして、右ひなのうち相当数は買受当初からひな白痢病菌を体内に保有していたため、右ひなの全部がひな白痢病に罹患して死亡し又は処分されるに至つた事実に関する当裁判所の認定、判断は原判決九枚目表初行から一〇行目までの理由記載と同一であるからこれを引用する。

(二)  ところで、本件のような不特定物の売買において給付されたものに隠れた瑕疵があつた場合には、買主が瑕疵の存在を認識した上で右給付を履行として認容したと認められる事情(以下履行認容事情という)が存しない限り、その不完全な給付が売主の責に帰すべき事由に基づくときは、買主は債務不履行の一場合として、損害賠償請求権を有するものと解すべきであるが、右履行認容事情が存するときには、もはや買主には債務不履行による損害賠償請求権を認めるに由なく、売主に対し瑕疵担保責任を問うほかはないものと解すべきである(最高裁判所第二小法廷昭和三六年一二月一五日判決、民集一五巻一一号二八五二頁参照)。

そこで、本件について、右履行認容事情が存するか否かについて検討する。前掲二の(一)の争いのない事実に〈証拠〉を総合すれば、控訴人は被控訴人から昭和三六年一一月一〇日頃前記中すう雌生後四五日二五九羽を買受け、受領したが、右ひなはその後成鶏となつたにもかかわらず翌三七年五月頃から殆んど産卵せず、体等に異常が認められるようになつたので、当時熊本県においては養鶏の権威者と見られていた成松兵衛に同年七月二三日頃解体した鶏の状況等を見てもらつた結果ひな白痢病であると診断されたこと、さらに同年八月一六日頃生田ひなふ化場の生田勝雄に右鶏の血液を検査してもらつたところ同人はひな白痢病でないと判定したが、右生田ひなふ化場は右ひなの納入者でもあり、検査のやり方が必ずしも適切なものでなく、その判定結果について疑問があつたこと、控訴人と一緒にひなを買受けた宮原丈人らの鶏も控訴人の鶏と同様に具合が悪く、同人らもその原因がひな白痢病によるものであることを同年九月頃には知つていたこと、控訴人の買受けた右ひなは同年九月ないし一〇月頃までに死亡し、あるいは処分されたが、一部の鶏は一羽七五円位で売却したこと、しかし、控訴人は、その際被控訴人に対し通知をすることなく右処分、売却を行なつたこと、ひな白痢病が認められた場合にはそのひなを引き取らせ、かわりのひなを貰う例があつたが、控訴人はそのような要求を被控訴人に対してなしたことはなく、また昭和四〇年二月頃まで右ひなを白痢病の瑕疵を理由として損害賠償請求をしたこともなかつたこと、昭和三九年六月一二日控訴人と被控訴人間で請求原因一記載の準消費賃貸借契約が締結された際も、控訴人はひな白痢病を原因とする損害賠償請求権による相殺を主張しなかつたこと、昭和四〇年二月頃にいたりようやく右相殺を主張するようになつたこと、以上の事実を認めることができ、原審及び当審における控訴本人の供述中、右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人は、遅くとも昭和三七年九月頃には右ひなの相当数が買受け以前からひな白痢病にかかつていたことを認識したが、これが取替の要求をすることもなく、また被控訴人に通知しないでこれを処分したり売却してしまつたものであり、しかも相当長期にわたり被控訴人に対し損害賠償請求等の要求をすることもなかつたものであるから、本件にあつては、前記履行認容事情が存するものというべきである。

そうすると、前示したところから明らかなように、控訴人には債務不履行による損害賠償請求権を認める余地はないから、控訴人の不完全履行による損害賠償請求権に関する主張は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

(三)  つぎに、控訴人が瑕疵担保責任としての損害賠償請求権を有するか否かについて判断する。

控訴人の買受けた前記中すう雌二五九羽のうち相当数が買受け当初からひな白痢病菌を体内に保有していたことは前示二の(一)のとおりであり、〈証拠〉を総合すれば、ひな白痢病菌をもつた中すうの発見は専門家が解剖して診断するか、血液の反応を検査する等の方法しかなく、外見等からこれを発見することは困難であり、右の診断、検査は一般の養鶏業者には期待できないものと認められるから、本件の瑕疵は買主たる控訴人が取引上一般に要求される程度の注意をもつてしては発見しえなかつたものであることがうかがわれる。したがつて、本件の売買の目的物たる中すうには隠れたる瑕疵があつたものであり、控訴人がそれにより損害を被つた場合には、被控訴人に対し瑕疵担保責任としての損害賠償請求権を有するものというべきである。

そこで、被控訴人の除斥期間経過の抗弁について検討する。控訴人は右中すうにひな白痢病の瑕疵があることを昭和三七年九月頃には知つていたことは前記二の(二)認定のとおりである。もつとも、控訴人は右中すうにひな自痢病の瑕疵があつたことを知つたのは成松兵衛から甲第一号証の三の証明書の送付をうけた昭和四〇年二月二〇日頃である旨主張し、当審における控訴本人の供述中には右主張にそう部分があるが、右甲第一号証の三は、右成松兵衛が昭和三七年七月頃、控訴人の養鶏がひな白痢病に罹患していたと診断したことを確認したものに過ぎず、また、右控訴本人の供述部分は、前記二の(二)認定の事実に照らして措信できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

控訴人は、昭和三七年七月下旬頃から被控訴人に対し引き続き前記ひなの瑕疵を原因とする損害賠償債権と被控訴人の前記準消費貸借契約の旧債務とを相殺するよう申し入れて、権利行使の意思表示をしたものであると主張し、原審及び当審における控訴本人の供述(原審は第一、第二回)中には右主張にそう部分があるが、右供述部分は、〈証拠〉に照らして措信できず、他に右主張を認めるに足る証拠がない。かえつて、控訴人は昭和四〇年二月頃までは、右損害賠償請求権を行使した事実のないことが前記二の(二)のとおり認められる。

そうすると、控訴人がかりにその主張のとおり瑕疵担保責任としての損害賠償請求権を有したとしても、右権利は、昭和三七年九月頃から一年の除斥期間の経過により消滅したものといわなければならない。

三飼料の供給停止、変更による損害賠償請求権について

(一)  被控訴人が控訴人に対し昭和三九年七月三〇日三号マッシュ一五俵を、同年八月八日二号マッシュ一五俵を、同月一八日三号マッシュ一五俵を、同月二七日二号マッシュ六俵を、右のとおり交互に供給したことは当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

控訴人は、昭和三九年の四、五月頃は成鶏用飼料として成鶏二号マッシュ及び混合六号を使用しており、被控訴人はこの飼料を控訴人に対し継続的に供給することを約していたが右供給は予約制によるものではなかつた。ところが、控訴人の被控訴人からの飼料等の買掛金は、昭和三七年七月頃は残高が金七万円位であり、一時控訴人の支払いによつて残額のなくなつたこともあつたが、その後控訴人の買掛による購入金額が著しく増加したにもかかわらず、控訴人の支払が、昭和三七年一月三〇日金五万五千円、同年七月三一日金二〇万円、昭和三八年七月二七日金二五万円に止まり、その後昭和三九年四月頃までなされなかつたので、買掛金残高が昭和三八年七月二七日金三〇万五二七〇円となり、さらに昭和三九年四月末頃には金八七万円を超える状態となつた。このような状態となつたので被控訴人は控訴人の支払能力に不安を感じ、同年五月初頃書面や口頭で数回にわたりその支払を催促し、その支払方法について協議するため控訴人に対し被控訴人事務所への出頭を求め、或は支払計画の提出を求めたが、控訴人はこれに対して返答せず、支払計画も出さず全く支払の誠意を示さなかつた。そこで、被控訴人は同月初旬頃控訴人に対する飼料の供給を停止することを役員会で決め、その頃控訴人にその旨通知した。前記成鶏二号マッシュは農協を通じて供給される仕組みとなつており、農協以外の他の飼料販売業者らから入手することは困難な実状にあつた。そこで、控訴人は被控訴人から供給を受けていた飼料が同年五月二二日なくなつたので、その頃訴外の内村飼料店から別種の飼料大洋マッシュを購入して成鶏に与えた。その後、昭和三九年六月一二日になつて、控訴人と被控訴人間で前記買掛代金の支払いにつき話合いがつき、同日前記の準消費貸借契約が締結され、これに伴い再び被控訴人から控訴人に対し飼料が供給されることとなり、同年七月六日成鶏三号マッシュ二〇俵、同二一日同三号マッシュ九俵が供給され、その後前示三の(一)のとおりの供給がなされた。右飼料の供給は控訴人の注文または承諾をえてなされたものである。養鶏に与える飼料の種類を急激に変えると産卵が減少するので、昭和三九年頃は、飼料の種類を変える場合は一〇日位かかつて一日一割位ずつ新しい種類の飼料を増加して行けば産卵に殆んど影響はないものとされていた。ところが、右供給停止、変更のあつた頃から、控訴人の養鶏の産卵には著しい減少がみられた。なお右飼料の供給停止、変更のために、控訴人が成鶏に飼料を与えられない事態に陥つたことはない。

以上の事実が認められ、〈証拠判断略〉

右認定事実によれば、被控訴人の控訴人に対する飼料の供給停止は相当の理由があり、かつ、控訴人において産卵に影響のないように飼料変更等の措置をとりうる期間を置いて供給停止の通知がなされたものと認められ、また、被控訴人による飼料の供給の変更も控訴人の注文、もしくは承諾によるものと認められるから、被控訴人の責に帰すべき債務不履行があつたものということはできない。

(三)  控訴人は、被控訴人が、売掛金を毎年七月末にまとめて支払うことを承認していたとか、控訴人が昭和三九年七月末に金五〇万円位支払える状況にあることを了知していたので売掛金の回収につき何等の不安もなかつたとか、前記飼料の供給停止等は農協合併を前提とする選挙にからむ私的派閥感情の対立からである旨主張し、あるいは、控訴人は昭和三九年六月一二日控訴人と被控訴人間の約定で、被控訴人からのみ予約飼料を購入することを義務づけられ、収入の大部分を被控訴人への支払にあてており以後は他の業者からの飼料の購入もできず被控訴人の供給する種類の飼料を使う他はなかつた旨主張し、原審および当審における控訴本人の供述(原審は第一、第二回)中には右各主張にそう部分があるが、前記三の(二)認定の事実に照らして措信できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

また控訴人は、被控訴人と控訴人とは農協とその組合員の関係であるから、本件のような供給停止、変更は許されない旨主張するが、農協とその組合員との関係は、一般の飼料販売業者とその顧客との関係と異なる面があるにしても、前記三の(二)認定のような事態に至れば供給停止等の措置をとつたことについて相当の理由があるものというべきであり、右主張は失当である。

(四)  そうすると、控訴人の請求原因三の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四慰藉料について

(一)  原審における控訴本人尋問の結果(第一回)によれば、控訴人が被控訴人に対し、飼料の供給停止、変更により著しい産卵収入の減少があつたので、その状況を見に来るように要請したことは認められるが、被控訴人はそれに応ずる義務を負う根拠はこれを認めるに足る資料がなく、請求原因四の(一)の主張は採用できない。

(二)  控訴人が戦傷病者であり、被控訴人がそれを知つていたことは原審における控訴本人尋問の結果(第一、第二回)によつてうかがうことができるが、控訴人が昭和三九年四月頃から同年六月一二日借用証書に署名押印する頃まで戦傷後遺症が悪化して病床に臥すことが多かつたこと及びそのことを被控訴人側が知つていたことを認めるに足る証拠はない。また、控訴人は、被控訴人の役、職員らが控訴人に対し高圧的に借用証書に署名押印させて準消費貸借及び抵当権設定の各意思表示をさせた旨主張し、原審及び当審における控訴本人の供述中にはこれにそう部分があるが、右供述部分は、原審証人柳瀬稲穂、原審及び当審証人住田泰治の各証言に照らして措信できず、他に請求原因四の(二)の主張事実を認めるに足る証拠はない。

(三)  飼料の供給停止、変更が控訴人の責に帰すべき事由によるものでないことは前記三の(二)、(三)で認定したとおりであるから、控訴人の請求原因四の(三)の主張については、その余の点について判断するまでもなく失当である。

(四)  控訴人の請求原因四の(四)の主張についての当裁判所の判断は、原判決理由の(四)記載のとおりであるから、これを引用する。

(五)  したがつて、控訴人の慰藉料請求は、いずれの点においても理由がない。

五相殺について

以上の次第であつて、控訴人が請求原因二ないし四において主張する損害賠償請求権は、請求原因五において主張する相殺の意思表示の時点においては、いずれも既に消滅しもしくは存在しないから、控訴人の相殺の主張は失当である。

なお、控訴人は、請求原因二の損害賠償請求権については、除斥期間経過後もこれをもつてする相殺の意思表示は有効になされうる旨主張するが、民法五〇八条は時効消滅した債権による相殺の規定であつて、紛争を速やかに解決しようとする趣旨で設けられた除斥期間の規定により消滅した債権については適用がないものであるから右主張は採用できない。

六結論

そうすると、別紙債権目録記載の控訴人の被控訴人に対する債務は残存しているものというべく、右債務不存在の確認と前記抵当権設定登記手続を求める控訴人の本訴右請求はいずれも理由がない。

よつて、これと同趣旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(生田謙二 右田堯雄 日浦人司)

債権目録・物件目録〈省略〉

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